夜の蝉【北村 薫】 [静かな物語の棚]
北村薫さんの作品は、ず~と前から取り上げたかったのですが、
どの作品にしようかず~と悩んでました。
『リセット』とかすごく好きだし、『ターン』も好きだし、
もちろん、今回取り上げる『円紫さんと私』シリーズも好きだし。
悩みに悩んだ末、やっぱり最初に北村薫作品に触れた想い出の
「円紫さんと私」
シリーズにすることに。
「空飛ぶ馬」にするか「夜の蝉」にするか・・・・。
初めて読んだときの印象が強烈な『夜の蝉」をご紹介しますネ!
★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★
【 お話は・・・!? 】
本を愛し、落語を愛する、ちょっと地味な女子大生の「私」が主人公の
「円紫さんと私」シリーズ2作目。
円紫さんとは、噺家(はなしか)の春桜亭円紫(しゅんおうていえんし)師匠で、
シリーズの1作目の「空飛ぶ馬」で「私」は偶然顔見知りになります。
物語は「私」の日常生活の中で、さわやかに流れていきます。
そんな日常の中で、ふと顔を覗かせた不可思議な出来事、謎を、
円紫さんが理論的な推理で紐解いてくれます。
物語の謎はけっして刺激的ではないけど、私たちの身の回りににも、
こんなたくさんの謎が転がっているのかもしれないませんネ。
短編 『朧夜の底』、『六月の花嫁』、『夜の蝉』の3作品が収録されていています。
▲ 装丁も淡い色をつかったやさしい感じ。
作品のイメージにすごく合っていますね。
【 北村薫さんの作品はいいです!! 】
北村薫さんの作品は本当にさやしいです。
文章を読んでいると、この人は本質が本当に優しいんだろうなって思います。
文章や文字にはその人の性格がにじみ出るといいいますが、
北村さんの作品は私でも分かるくらい、やさしさが溢れ出ていて。
なので、読んでいても、嫌悪感を感じることがありません。
小説の上であっても、「許せない!」「やるせない!」
そんなストーリーが苦手な私には、安心して作品を手に取ることのできる作家さんですね。
読んだ後、心があたたまって、「は~、よかったぁ」って思う作品が多いです。
【 夜の蝉 】
「夜の蝉」は、第44回日本推理作家協会賞を受賞した作品だそう。
でも、推理小説というより、人間の深い内面を紡ぎだしているそんな作品です。
この「夜の蝉」は、「私」と「私の姉」のお話。
「姉」が「姉」を受け入れる「つらさ」と「諦め」。
「私の姉」の「私」に対する心の葛藤って、私にもすごく理解できて・・・。
「立場」を受け入れるということは、だれもが経験する、大人への階段かもしれません。
せつなくて、でも割り切れた爽快感があって。
そういう経験と重なるのか、涙がでそうになりました。
そして最後の「私」の一言。
余韻に浸り続けたくなります。
★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆☆☆★
【 +plus 】
この作品は、覆面作家だった著者が素顔を公開するきっかけとなった作品とのことです。
それまで女性か、といったうわさもあったって聞いたことがありましたが、
これだけ文体がやわらかく、やさしいと、「薫」という名前からしても
女性作家かなって思ってしまいますよね。
そうそう、北村薫さんは、「覆面作家は二人いる」という作品も書いています。
覆面作家さんが登場する作品。
自分が「覆面作家」と言われていたからなのかな?
この「円紫さんと私」シリーズのような奥深さはないけど、
気軽に読めて楽しめて、私的には好きな作品です。
▲ はずかしがりやのため、ペンネームを「覆面作家」にしてしまった推理作家。
実は美貌のお嬢様(しかも大富豪)。
性格は家にいるときは「おしとやか」。一歩、外に出ると・・・。
この「覆面作家」さん、すばらしい推理力で謎を解決します。
この作品も私は大のお気に入り!
「覆面作家」シリーズは3作品あるのでぜひ読んでみてくださいネ。
西の魔女が死んだ【梨木香歩】 [静かな物語の棚]
さて、さて、今回の作品の紹介は、
梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」です。
も~これも超有名作品。
でも、僕もこの作品の素晴らしさを伝えた~い!
【 あらすじは・・・ 】
中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女「まい」は、
季節が初夏へと移り変るころ、大好きなおばあちゃんのもとで過ごすことになる。
「まいは魔女って知っていますか」
夜、おばあちゃんは、まいに訊ねた。
「西の魔女」こと大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受け始める。
それは「何でも自分で決める」こと。
まいは、自分で決めたことは、最後までやり抜くことに努める。
おばあちゃんとの暮らしは、まいの心を癒し、そしてたくさんの大切なことに気づいていく・・・。
【 なにがいいって!! 】
なにがいいって、も~ホントあたたかい作品なんですよね。
読んでいて心があたたまります。
「まい」だけでなく、私自身、「西の魔女」こと、
おばあちゃんのやさしさに癒されました。
おばあちゃんは、とてもやさしく「まい」を見つめ、そして何でも受け止めてくれます。
溢れるばかりの愛情でやさしく、ふんわりと包んでくれるのです。
不思議なのが、作品全体を通してイギリスの雰囲気が漂っていること。
舞台も日本の田舎のはずなのに、まるでイギリスの片田舎にいるよう。
(イギリスの田舎が舞台と勘違いして読んでいました)
もちろん、「西の魔女」こと「おばあちゃん」が英国人ということもあるんでしょうが、
それだけではないと思いました。
初めてこの作品に触れたとき、それがとても不思議でした。
そんなとき、エッセイ「春になったら苺を摘みに」を読みました。
それで納得。
イギリスの雰囲気、古き良き英国人の雰囲気が梨木さんの作品ににじみ出ているのは、
実際に梨木さんが英国での生活を経験しているからなのでしょうね。
エッセイを読んでいると、梨木さんは、英国で本当に素晴らしい人たちと出逢ってます。
でも、きっと、出会いだけではなく、梨木さんは、どんな人たちの中にも、
素晴らしい部分を発見することができる方なのでしょう。
なので、梨木さんの作品は、どれも「あたたかさ」があふれているのだと思います。
私は、実在の「ウェスト夫人」が、この作品の「おばあちゃん」のイメージに重なりました。
ウェスト夫人の素晴らしさは、ぜひ、「春になったら苺を摘みに」で味わってください。
▲ エッセイなのにまるで小説のよう。
普段、エッセイを全く読まない私がひき込まれました。
『最後の3ページ 涙があふれてとまりません』
と紹介されています。
普通、帯は大げさな表現が多いのであまり信用していませんが、
この作品はそのとおり。
本当に涙があふれそうになりました。
カバーの色のように、やわらかで、あたたかい雰囲気に彩られた作品。
疲れた心が癒されること間違いなしですよ。
※この本の装丁と帯のコメントを書いた担当者に脱帽!まいりました。
※ ブログ移転に伴い、若干の加筆・修正を行いました。<2009年6月7日追記>
光の帝国-常野物語-【恩田 陸】 [静かな物語の棚]
みなさま、GWはいかがお過ごしですか?
たまには読書三昧もいいもの。
一日くらい家で本を読んで「まった~り」してみませんか?
今日は、またまた恩田陸さんの本を紹介します。
「常野物語(とこの ものがたり)」の1作目『光の帝国』です。
「常野物語」もいまさら紹介する必要もないくらい評価の高い作品。
でも、語らせてください(^^;
【 ストーリーは・・・ 】
「常野」から来たといわれる彼らには、それぞれ不思議な能力(ちから)を持つ。
膨大な書物を「しまう」(暗記する)ことができる能力(ちから)、
遠くの出来事を知ることができる能力、
近い将来を見通すことができる能力...。
彼らは、極めて温厚で、礼節を重んじ、地に溶け込んで静かに暮らそうとする人々。
権力志向を持たずに「常」に在「野」であれという考えから「常野」一族と呼ばれる。
彼らは何のために存在しているのか、どこへ向かおうとしているのか?
「常野」と呼ばれる一族をめぐる、優しくて、そして切なくなる10の短編物語です。
【 常野物語って? 】
各短編は、「常野」にからんで、物語どおしが深く、絡み合っています。
なので、一話一話を独立して楽しむこともできますが、
前の物語に登場した人物が、後のお話に出てくることもあるので、
普通に最初から順番に読んでいくのがいいでしょう。
「常野一族」はそれぞれ異なる不思議な能力(ちから)を持っています。
しかし、物語はそんな「常野一族」の特異な能力を前面にした活躍を描くものではありません。
日常のよくある光景、エピソードが中心です。
やさしい雰囲気の中で、大切なものを感じさせてくれます。
それは親子の絆であったり、人と人との絆であったり。
しかし、それらは決して押し付けがましくなく、優しく、あたたかく、
時には切なく、心に染み入ってきます。
私がこの物語の中で特に印象に残った作品は、
1話目の『大きな引き出し』と、本書の表題にもなった『光の帝国』。
『大きな引き出し』は、親が子を見守るあたたかい目、
そして愛情を綴った物語だと思います。
「伝えることのできなかった人の想い」、
それを常野の能力をもって伝える橋渡しをしています。
このお話は、常野の人々が「何のために存在しているか」という、
答えのひとつを具現しているのかもしれません。
『光の帝国』は、時代の激流にのまれる常野の子どもたちや、
傷を負った大人たちの物語です。
切なくて、切な過ぎて、涙がこぼれそうになりました。
でも、いつか再会できるかもしれない、
いつまでも彼らを待ち続ける「ツル先生」の姿に温かさと希望を感じました。
短編集であるものの、各話が非常に深くて感動します。
ひとつひとつのお話をもっとボリュームアップしたらそれぞれ1冊にできるのでは
と思ったほどです(文庫のあとがきを読むと、著者ご本人もそう思っていたみたい)。
それほど読んでボリューム感があります。
『オセロ・ゲーム』は、常野物語の最新作『エンド・ゲーム』につながっていきます。
常野一族との出会いに、まず本書をお読みくださいネ。
▲ 「蒲公英(たんぽぽ)草紙」の方が
「エンド・ゲーム」より先に出版されていますが、
私はまだ読んでいません。
実は、今日読むつもり。「蒲公英草紙」はかなり評判がいいので楽しみ!!
▲ 「蒲公英物語」も「エンド・ゲーム」もまだハードカバーしか出ていません。
<2009年5月27日追記>
2009年5月に「エンドゲーム」の文庫が刊行され、
現在、「蒲公英草紙」も「エンドゲーム」も文庫があります。
【 +episode 】
私がそもそも『常野物語』と出会ったのは、
前田愛さんの主演でNHKでドラマ化されたときです。
ただ、そのときはビデオ(当時はビデオでした)に録画しながら、
結局、ほとんど見ることなく消してしまいました。
その次に出会ったのが、人から薦められて。
紹介数のまだまだ少ないこのブログにおいて、既に2作品も紹介しているように、
もともと恩田陸さんの作品は大好きであり、
それまで本屋に寄るたびに気にはなって手にとってはいたのですが、
「帝国」という言葉に先入観をもっちゃって...。
結局買うまでにいたりませんでした。
自分で発見できず、人に薦められたっというのがちょっと悔しいです(^^;
夜のピクニック【恩田 陸】 [静かな物語の棚]
上映予定の映画の中で、今観たいのが「初雪の恋 ヴァージン・スノー」 。
「ただ、君を愛してる」の宮崎あおいさんと、「王の男」のイ・ジュンギ(目が力強いです)
共演のラブストーリー。
ピュアな恋愛と、四季折々の京都の風光明媚な景観が美しいそうです。
「アルゼンチンババア」を見逃したので、これは観に行きたいなぁ。
写真を載せたいけど著作権がよくわからないので、公式サイトとリンクしておきます。
リンクくらいはいいんですよね?
【 今日ご紹介するのは! 】
ご存知、第2回本屋大賞・吉川英治文学新人賞受賞作。
いまさら紹介する必要もない、非常に評価の高い作品です。
このブログを立ち上げるとき、第1弾としてまず頭に浮かんだのがこの作品ですが、
いまさらっという思いもあって載せませんでした。
ですが、やはり読んだときの感動を形に残しておきたくて、今回載せることにします。
【 お話は!? 】
「みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。」
夜を徹して80キロを歩き通す北高伝統の鍛錬「歩行祭」。
生徒たちは、親しい友人とたくさん語らったり、想う人へ気持ち伝えたり、
星空をながめたりして一夜を過ごす。
そんななか、最後の歩行祭を迎えた甲田貴子は小さな賭けを胸に秘めていた。
3年間わだかまった想いを清算するために―。
今まで誰にも話したことのない、とある秘密。
『たぶん、あたしも一緒に歩いてるよ。去年、おまじないを掛けておいた。
貴子たちの悩みが解決して、無事にゴールできるようにN.Yから祈ってます。』
折しも、行事の半年前にアメリカへ転校したかつてのクラスメイト「杏奈」から、
奇妙な葉書が舞い込んでいた。
心に去来する思い出、予期せぬ闖入者、積み重なる疲労。
気ばかり焦り、何もできないままゴールは迫る。
貴子の小さなかけは―。
▲ 私が買ったのは文庫本。でも、読んだ後、ハードカバーも欲しくなりました。
永久保存したくて(^^)
【 ほんと、感動! 】
読後のこの爽快感はなに?
くしくも読んだのは夜中。
意図してその時間を選んだわけではなかったけど、
甲田貴子や特に西脇融と一緒に歩いたような感覚に陥いりました。
もう二度と会うことのないかもしれない友人たち、輝く時間。
一方で、いつもでも永遠に続くと思っていた風景・日常と別れを告げようとしているさみしさ。
どうしてそれに気づかなかったんだろう、という後悔。
「あのころはそれで精一杯だったんだ」というなぐさめ。
自分がいままで感じてきたこと、後悔してきたことがまさに言葉でつづられていると思います。
このブログでも紹介した、同じく恩田陸さんの「黒と茶の幻想」。
その作品と同じく、黙々と歩くなかで、たくさんのことを考えます。
疲れきった時、も~余計なことは考えられなくなりますよね。
余計なプライドを脱ぎ去り、素の自分を見つめ、
自分の中のいろいろなモヤモヤ・悩みなどを整理していきます。
この小説は、そんな前向きな心の洗たく、心が実感できてここちいい。
そして、歩ききったときの満足感、爽快感、誇らしさ。
多かれ少なかれ、誰もが悩み、感じ、経験してきたことであり、
その共感が、ノスタルジックで、心温まるのかもしれないなぁと思います。
本当にすばらしい作品です!
【 映画のこと 】
原作を読んだ後、映画を観に行きました。残念だけど不満。
原作のノスタルジックな、青春の甘酸っぱさ、といった雰囲気があまり感じられなかったので。
でも、それはしょうがないかも。
小説は、自分の感覚にあわせて登場人物をイメージすることができるからネ。
映画に感動した方すみません。決してケチをつけようとしているわけでは・・・。
素直な感想です。期待しすぎたかなぁ!?
沈黙博物館【小川洋子】 [静かな物語の棚]
春ですね~。とても日差しがやわらかいです。
なんだか、ボ~としたくなります。
さてさて、今日のご紹介する小説は「沈黙博物館」です。
【 お話は・・・ 】
博物館技師たる「僕」が仕事のために訪れた村。
依頼主たる老婆が作ろうとしていたのは、とても変わった博物館だった。
そこの展示品は、村でなくなった人が愛用していたものの遺品ばかり。
私が求めたのは、その肉体が間違いなく存在しておったという証拠を、
最も生々しく、最も忠実に記憶する品なのだ。
それがなければ、せっかくの生きた歳月の積み重ねが根底から
崩れてしまうような、死の完結を永遠に阻止してしまうような何かなのだ。
それらの品物はなんの変哲もない、普通の人にとっては何の価値も存在しないもの。
しかも、正規に手に入れたものは、何ひとつない。盗み集めたもののみ。
しかし、それらの品物には、それぞれにいわくがあり、意味がある。
技師はいつしかその魅力にとりつかれていく。
▲ さっぱりとした美しい色合いの表紙。
この表紙にも魅かれました。
【 印象を語るのが難しい作品です・・・ 】
前も書いたのですが、私は、時が静かに流れるようなお話が好きです。
このお話もまさにそう。
しかも、この作品は、「ここがいい!」と言うのが本当に難しいなぁ、
つかみどころがないなぁ、と実感している作品です。
この物語の舞台は、どこの国か、どこの場所かも分からない田舎の村。
どことなく北ヨーロッパの香りがするけれども、日本かもしれない。
閉鎖感のただよう、ちょっと幻想的でもある村で物語は進んでいきます。
物語にかかわるのは、博物館技師の「僕」、偏屈な依頼主の老婆、
依頼主の娘の少女、依頼主を支える庭師夫婦、そして、見習い伝道師の少年。
彼らはみんな、つかみどころがない。
そして、ちょっと・・・と思うようなことをを自然に受け入れている。
そんな登場人物たちが、形見を集めるこという異常な行為にオブラートをかけ、
その行為にそれほど異常さを感じさせないていません。
そして、形見を集めるのが、沈黙博物館をつくるのが運命のように、
自然に、静かに、お話は流れていきます。
あまりに静かなので、ちょっと読むのをやめたとき「ふ~」を息を吐き出してしまうかも。
自分の印象をうまく言葉にまとめることはできない作品です。
でも、いいです。ぜひ読んでみてください。
【 迷ったんです! 】
実は、小川洋子さんの作品を載せるにあたって、
この「沈黙博物館」にするか、「薬指の標本」という作品にするか迷いました。
「薬指の標本」もとても静かな物語。ちょっとフェティシズム的なところもあって。
どちらかというと、自分の感覚的に合うのは「薬指の標本」なのですが、
内容としては「沈黙博物館」の方が印象強くのこりました。
なにか博物館ってドキドキしますものね。
でも、いつか「薬指の標本」についても紹介したいなって思っています。
▲ 「薬指の標本」はフランスで映画化もされました。
私の読んだきっかけも映画の広告で興味を魅かれたからです。
※ ブログの移転に伴い、若干の加筆・修正をいたしました。
<2009年6月15日追記>
深紅 【野沢 尚】 [静かな物語の棚]
またまた1週間のごぶさたをしてしまいました。
っと言っても、私のブログを気に入って、定期的に読んでくだ
さっている方はいないと思いますけど・・・ ^^;
でもでも、地道に、自分が「いいなぁ!」って思った作品を紹介
していきます。
たまたま、このブログ読むことになったのだとしても、ひとりでも、
一作品でも「読んでみようかな」って思ってくださる方がいれば
いいな!
さてさて、今日は、野沢尚(のざわ ひさし)さんの「深紅」を
ご紹介します。
【 ストーリーは?? 】
小学6年生の秋葉奏子(かなこ)は、夜中、修学旅行中の長野
から、ひとり東京に戻る。
待っていたのは、父と母、そして幼い二人の弟の遺体。
秋葉家を襲った一家惨殺事件。
「生きていてごめんね」
そんな癒しがたい傷を負ったまま奏子は大学生に成長する。
ある日、父に恨みを抱き、家族を殺害した加害者の同い年の
娘の消息を知る。
正体を隠し、奏子は彼女に会いに行く・・・。
▲ 深紅 (講談社文庫)
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作者: 野沢 尚
出版社/メーカー: 講談社
発売日: 2003/12/10
メディア: 文庫
【 読もうと思った理由(わけ)は?? 】
私は、野沢尚さんといえば、脚本家というイメージがありました。
(「青い鳥」という豊川悦司さん、夏川結衣さんが主演のドラマが
好きでした。特に、夏川結衣さんが。
あとあと、「眠れる森」という木村拓哉さんと中山美穂さんの作品も)。
脚本家が書いている小説はたくさんありますが、も~先入観で
「脚本家の小説?パス!」みたいな感じで読んでいませんでした。
なぜって?
ドラマは脚本と演出、俳優の演技力の相乗効果で素晴らしい作品
ができあがるのであって、脚本だけで素晴らしいドラマはできないと
勝手に思っていたからです。
でも、この作品を読んで、「申し訳ありません!」と謝るしかありません。
私の認識が間違っていました!も~脱帽です!!
そもそも、野沢尚さんの本は、本屋さんの書棚に行くたびに気に
なっていました。
呼ばれているようで、いつも目に入ってくる!
では、なぜ「深紅」を読もうかと思ったかというと、ちょうど内山理名さん
と水川あさみさんの主演で映画化される直前で(※映画は2005年9月
に上映されました。私は観に行く機会がありませんでしたが・・・)、
興味をもったことと、吉川英治文学新人賞受賞作なら読んで失敗は
ないだろう、との打算があったからです ^^;
▲ 深紅 [DVD]
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出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント
発売日: 2006/02/10
メディア: DVD
【 どんなところがよかった?? 】
この本を読んでまず驚いたのは、
野沢尚さんの、その奥深くまで心理を描く筆力、感覚の鋭さです
(偉そうでスミマセン)。
自分が漠然と感じていながら、言葉にすることができなかった
気持・感覚をここまで描けるのか、と感動しました。
<ご注意>
ちょっとだけ内容の本質に触れます。
読んでない方の楽しみを奪わないように、できるだけ気をつけますが
「やばい」と思ったら、これより下を読むのはやめてくださいネ。>
「生きていてごめんね」
死んでいった家族への申し訳なさ、残された自分だけがいい
思いをしているという罪悪感を持ち続け、そんな意識を自覚する
と自分を壊してやりたくなる衝動にかられる奏子。
「彼女を傷つければ自分が救われるのか」
「ずたずたにすれば満足するのか」
そう思う自分の心の奥底にあるものに嫌悪感を持っているのも
奏子です。
奏子は、自分自身を破壊するためなのか、嫌悪感から逃げる
ためになのか、あるいは、加害者の娘に解放への希望の光を
求めるのか、未歩に会いに行きます。
奏子の持つこういう感覚は、軽重にかかわらずほとんどの方が
経験したり、小説や映画等で疑似体験しているのではありませ
んか...?
私は、奏子の葛藤、嫌悪感に共感し、物語にはまってしまいました。
比べられるものでもないのに、苦しみの形を比較したいという欲求や、
それを制御できない自分への嫌悪感にさいなまれていく、
そんな奏子の気持ちにの描写は、よくここまで描けるなぁと感心
してしまうほどです。
物語は重いかもしれません。
でも決して重いだけでなく、読んだ後の余韻は素敵なものがあると
思います。とてもお薦めですので読んでみてください!
奏子と未歩の憎悪がまざわりあって、一緒に破滅に向かって突き
進んだとき、二人に訪れたものは・・・。
そんな展開にドキドキしてくださいネ!
黒と茶の幻想【恩田 陸】 [静かな物語の棚]
【 syory 】
学生時代の友人だった男女四人は、30代半ばにさしかかり、
それぞれがそれぞれの人生を歩んでいる。
その4人がY島を訪れることになった。
それぞれがそれぞれ胸の奥底に葛藤を抱えたまま、森の奥深くに潜むY杉を目指す。
うっそうと生い茂る森の中、澄んだ空気にさらされ、
あるときは霧に覆われた幻想的な自然の中をひたすら歩くうちに取り戻す過去、自分。
過去を振り返り、自分を見つめていくなかで、歩ききった先に得たものは・・・。
【 自分を見つめる旅 】
大人の物語。あるいは,大人版の「夜のピクニック」ともいうような作品。
大きな事件・エピソードはない。隔世された森をただ歩くだけ。
交わされる会話。自問。それだけである。
交わされ、解かれる「美しい謎」から、Y島の森に入り込むように、
自分の深い森(深層心理)に分け入っていく。
彼らがY島を訪れたのは偶然なのか、
それとも人生の転機において必然なものだったのだろうか。
自分の体験と重ね合うような物語です。
読後の爽快感がとても気持ちいいです。
【 episode+ 】
私も夏山登山をする。片道6時間くらい。
最初のうちは、久しぶりに会った友人と近況を話したり、
仕事の話をしたり、恋愛話をしたりとたわいのない会話が続く。
しかし、そのうちに息が上がり、疲れ始め、汗だくになっていると、
お互いに話をすることも面倒になってくる。
そして沈黙。聞こえてくるのは自分の息遣いばかり。
輝く太陽、木々の中、美しく広がる山々。
残る雪渓。広がる自然の中を黙々と歩いていると、最初は仕事のこと、
趣味のこと、家族のことなどといろいろと考えがめぐる。
そのうちに人生とは、悩みとは、っと心の奥底に入り込んでいく。
ただ、ただ自問する。自答する。考える。そうして何十分、何時間と考え続ける。
そして,一つの答えが見つかる。
それは光明のときもあらば、諦め、悩むことの無意味に気づくことも。
答えはいろいろ。
しかし、答えがどうであれ、考え抜いた末の結論は非常にすがすがしい。
自分自身と向き合って考え抜くからであろうか。
自分から日常が剥がれ落ちるような感覚になる。
この物語はまさにそんな物語。
自分と重なった。
山登りに限らず、トレッキングも同じ。それらに人々が魅かれるのは、
その爽快感があるからかもしれない。
本書を読んでいて、改めてそう思った。